仕事のこと

2007年11月26日 (月)

休職期間大延長

先日、2週間ぶりに受診したところ、主治医から診断書を渡された。

早期に職場復帰は困難である旨の内容が記載されている。

というか、端的に言ってしまえば、3月末まで会社には出るな、という

内容である。

私は、そんなに重症なのか・・・・初めて真実を知ったような気持ちに

なった。

もちろん、この診断書を受け取るに至る前に、主治医とはずいぶん

いろいろな話をした。早く治さなきゃ、とか、いつになったら治るのか、

とか、早くなんとか強迫観念にとらわれていること自体が病気なのだ、

と、長いスパンでやるべきことをひとつひとつやっていくしかないのだ

から、焦ってはダメだ、ということを、何度も言い聞かされた。

そして、ようやく、主治医の話が理解できるようになったところで、今回

の、療養のため長期間の休暇を要する、という診断書を渡された訳で

ある。

確かに、日によっては、午前中には立ち上がれないこともあるのだから、

会社員として毎日出勤できる訳がない。一日おきの出勤ぐらいならなん

とかなりそうな気がするが、そんなことが許されるわけもなし・・・

在宅勤務できれば良いのに、としみじみと思わざるをえない。しかし、

個人情報保護法上、クリアするのが困難なハードルが多すぎて、在宅

勤務という勤務形態を取り入れにくい業種なのである。諦めるしかない。

ということで・・・自宅療養大延長となる。

これが、結果として、吉と出るか凶と出るか、勝負どころに来ているのか

もしれない。

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2007年11月25日 (日)

苦しみの「自己申告」

私の勤務する(現在は休職している)会社には、「自己申告」という制度がある。

なんのことはない、年に一回、今後のビジョンと異動希望を提出するだけで

あるのだが。

今年も、自己申告の提出時期がきた。

私のような、病気療養中で、先の見通しがたたない社員でも、全員提出必須

とのことである。

今後身につけたい能力、今後の展望、異動したい部署の有無、異動先の職務

で身につけたい能力、発揮できる能力・・・・・埋めなければならない必須項目

のほとんどを埋めることができない、頭が回らない。

提出期限の日には、用紙はまだほとんど真っ白!どうすればいいんだ~!

上司からも、どうなっているか確認のメールがはいる。なんと答えればいい

のだろうか・・・・確認メールの返信内容を考えていると、自己申告の方が

ちっとも進まなくなる。

ありのまま書くとすれば、

今後身につけたい能力「しかるべき時間に起床して、就寝する能力」

今後の展望「いつになるか時期は未定なるも、定時出社して定時に退社できる

        ように心がけたい」

ということになるが、まさか、この内容で提出して良いような気がしない・・・・

真面目に書け!と怒られるような気がする。どうすればいいんだ~!

本当に脳みそを絞り出すようにして、全部の項目を埋め込んだ。

一言で言ってしまえば「今の仕事を続けながら治療するのは無理」という

主治医の見解に、いろいろストーリーをつけて、職務内容の肉付けをして、

なんとか輪郭らしきものをつくったというか・・・

それにしても、上司に提出するには、なんと気が咎める内容であろう。

これをいきなり上司に送るのかと思うと、そのことだけでも胃がキリキリ痛み

だす・・・・

しかたないので、なぜそのような自己申告内容となったのかについて、経緯

と気持ちを文章にまとめて、上司あての提出文書を自己申告書に添えること

にした。なんと損な性分なのだろう・・・自分でもバカみたいだと思う。

自己申告制度は重要なものであるし、休んでいる社員にもちゃんと希望を

言わせてくれるのはありがたいことだ。感謝するべきだ。実際、感謝している。

しかし、自己申告を作成している間、間違いなく病気療養は大幅後退したこと

は間違いない。一度は、そこそこの時間に眠れそうになりかかっていたのが、

自己申告作成中から、また不眠が始まって、当然の結果として、日中の活動

状態が下がってしまったのだから・・・

ほとんど一から、治療のやり直しとなったわけである。

このことから得た教訓は、私は「無駄に」「バカ」「正直」だということだけである。

深い自己嫌悪と自信喪失の淵から、当分浮かび上がってこれそうもない。

疲れた・・・・

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2007年11月 2日 (金)

昨日、主治医との会話

今日は、私に、休職が必要と、指示した主治医の診療日だった。

まず、私からざっと体調、症状の話しをした。

主治医「あまり改善ないですね。結局、休むだけじゃなくて、原因を取り除か

     ないことには、どうにも改善しない、ということですね。

     といって、では、原因は何?、ちゅうことなんですけど、僕も、あなた

     自身もよくわかっていない・・」

私「原因はひとつじゃないと思うんですが、私なりの考えをお話してもいいで

  しょうか?」

医師「どうぞ、いくらでも聞きますよ。」

そこで、私は、自分が会社員生活22年の今になって、突如煮詰まってしまった

原因と思われるエピソードを延々と話し始めたのだった。

自分で言うのもなんだが、私は、恐らく、平均的よりは正義感が強い。

日常業務の実態、各種の報告事項に関する経営判断が、微妙に私の神経に

障る。

本当にそれで良いのか?!と、私のコンプライアンスアンテナがビリビリする

毎日が続いていた。もう一本のアンテナ、苦情予知アンテナも、このところフル

稼働していた。長年、苦情を受け続けていると、苦情が来る前に、なまずの

地震予知じゃないが、苦情予知アンテナが反応するようになってしまう。

苦情の中には、反論の余地の無いものも少なからずあり、「ごもっともです、

私もそう思います。」と言えたらいいのにと思うが、「私もそう思います。」とは

立場上言えない。途方に暮れて泣きたくなるときがしばしばある。

そしてまた、会社は、さらに、新たな時限爆弾を製造し始めている・・・・

何年か後、「ごもっともです。私もお客様の立場でしたら、同じことを思うかも

しれません。」と言いたくなるのを堪える日々がまた来る、そして、もしかしたら

これはずっと続くのではないかと思われる。

未来が見えない。先の見通しがたたない。

真剣にお客様本位になればなるほど、ストレスがたまり続ける。

そんな限界ギリギリのところに母の突然死があり、張り詰めていた精神力の

糸が切れたのかな・・・と自分では思っている。

主治医は、二回ほど、目元に手を当てながら、黙って聞いていてくれた。

もしかしたら、一瞬涙ぐんでいたような気もしたが、気のせいかもしれない。

主治医「資本主義は矛盾だらけですよね・・・・」

私「先生は、共産主義者ですか?」

主治医「なんで、そうなる・・・・・」

私「いえ、ちょっと、ポケてみただけです。すみません。企業活動は矛盾との

  妥協の産物だと思います。その中で、それに耐えられない者は去るしか

  ない・・・」

主治医「耐えられないような人こそ、持ちこたえて去らないで欲しいですよ。」

私「なんで?」

主治医「そういう人が、最後の砦になるんです。」

私「・・・・(私は最後の砦かいな・・・、しんどそうやなぁ・・・)」

主治医「もうちょっと、自宅療養していてください。とにかく、あなたは、疲れすぎて

     いる。苦情の嵐にあって、パンチドランカーになっているのかもしれない。」

私「先生、パンチドランカーって、治るんですか?」

主治医「・・・・・・・とにかく、もうちょっと休んでいて。十分な休養をとって、内容を

     詰めるのはそれからにします。とにかく、最低1ヶ月は休むこと。たぶん、

     それ以上になると思うけど・・・・はい、では、次回診察は2週間後。」

主治医と、病気の話をしに行ったはずが、ほとんど会社と仕事の話になってしま

った。私の病原は、会社と仕事にある、と主治医も私も考えが一致していること

はなんとなくわかった。先生がわかってくれているようなので、ちょっとホッとした。

母の死は、トドメの一撃になったことは確かだが、それがそもそもの原因ではない、

と私は思っている。主治医も思っている。

しかし、さすが、私が「天才中年」とあだ名をつけている主治医(東大医学部卒)の

こと、どの切り口からでも、いい味の相槌をうってくれる。

医者と患者じゃなくて、違う出会い方をして、いい話し相手になれたらよかったの

にな・・・・と、思った次第でした。

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2007年10月20日 (土)

休職前の大残業??

来週から休職。いまだにきつねにつままれたような・・・・

でも、もう、体力、気力が、綱渡りというか糸渡りの状態で、緊張の

限界値を突き抜けているのに気づかないふりをしてきただけなの

かもしれない・・・・いずれにせよ、遠からず糸渡りは限界を迎える。

起きるのは、落下だ。

ぎりぎりのところで救われたのかもしれない、という気もする。

再び、糸渡りに戻れるのか、戻るのが良いのか、今はわからない。

選択肢を与えられたことに、感謝するべきなのであろう。

思い残すようなことのないよう、今日一日は、最近のいつも体調不良

の私にしては、早回しにしているぐらいよく働いた一日だった。

ただ、時間帯が常人と完全にズレている。午後2時から9時間。

9時間か、うん、まったくノンストップでまあよく頑張った。

始業定時から始めていれば、午後7時まで働いたのと同じ、普通である、

つまりたいした残業ではない、ということになる。

いずれにしても、休職はマイナス200点。評定には凄まじいダメージで

ある。

それでも、将来、いつの日にか、この決断が正しかったと思えるように

したい。

すでに、そうなるような気がしているのだ・・・・新しい一歩を、自分の心

に従った道への一歩を踏み出したような気が・・・

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2007年10月19日 (金)

なんやかんやで突然休職に

勤続22年目(年がばれる・・・)、かなり真面目に働いてきたつもりです。

俗に、「女子総合職」と特別なくくりで呼ばれて生きてきました。

子どもを産むまでは、正直居心地は悪くなかったです。

育児休業をとって復職したあたりから、いや、育児休業中に予兆は見えて

いたか・・・怪しい気配が漂いはじめ・・・・

結局、今日まで座敷牢に入れられてきました。

それでも、座敷牢をわが職場と考えて、もくもくと働いてきたのはなぜ

だったのか?????

まっ、軽~く切られる前段階の休職なのかもしれません。

なにしろ、もともと牢内にて働いてきた身なれば・・・いつ処刑の日がきても

不思議はないといえば不思議はない。

一応、病気による休暇が与えられる予定です。なんの病気なの私?という

感じですが、母の死以降、不定愁訴が続いていることは確か。

いろいろ考えて、もうひとつ、これまでの会社生活についてだけのブログを

別に立ち上げることにしました。

休職中の身ならではの視線で、日本の大企業の実像と功罪に迫ってみたい

と思います。

なーんちゃって、どの辺までなら内情バラしちゃっても許されるものなのかしら?

守秘義務あるからなぁ・・・・遵法精神は叩き込まれておりますゆえ。

仕事・会社プログスタートしたら、このブログと相互リンク張るので、どちらも

見に来てくださいね。

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