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2008年6月

2008年6月29日 (日)

遅まきながら、母の一周忌法要

母の命日は、6月10日であるのだが、諸般の事情で一周忌法要

が命日より遅くなってしまった・・・

できの悪い我が子たちのことを、呆れているんだろうなぁ、母は・・

とにかく、今日、6月29日、弟の自宅から近い、さいたま市内の

お寺で一周忌法要を行った。

立派な本堂で、お坊様のとてもいいお声でお経を上げていただき、

荘厳というか、厳粛な空気がたちこめて、ああ、一周忌なのだ、1年

たったのだ、としみじみ感じていた。

母の望んだとおり、弟の家族と、私の家族だけで行ったので、少人

数でとても静かな、比較的短い時間の法要だった。

お坊様だけでなく、私たちもお経を唱和した。

改めてこみ上げてくる悲しみはなく、いろいろ母のことが思い出さ

れた。

母は、私の中で生きていてくれている、ということを、改めて認識

したのだった。

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2008年6月27日 (金)

考えすぎなのではなく・・・

よく人から「考えすぎだよ・・・」と言われる。

いつも、そうか、考えすぎなのかな?、でも私にとっては普通に

感じていることについて考えているだけなんだけどな・・・と、漠然

と、釈然としない思いを持ち続けてきた。

今日、ひょんなことから、よく似た感覚、思考パターンの人もいる

んだ!と知った。

よかった、正直なところ、安堵。私だけではないのだ。

その人とは、話をしてみるほどに、感覚が似ているのだと感じら

れた。感覚が似ているから、インプット情報に基づいて思考する

パターンも似てくるのだな・・・となんとなく、似ていると感じる、その

理由について私なりに理解した。

いろいろ胸にドスンとくることや、それは一体どういう意味なんだ?

みたいに思うことも多いけれど、なんとかやっていきましょうね・・・

なんて、心の中で同士にエールを送るような気持ちになった。

お茶していたお店から外に出て、空気がさわやかに感じられたの

は、気のせいか・・・

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2008年6月26日 (木)

今日は、週一回の通院日

毎週一回、通院中の私にとって、通院日は魔の日である。

自分が休職している会社のすぐまっ近くまで行かなければ

ならないからである。

非常に大きなストレスを感じるが、かといって、いまさら何年

もかかった主治医以外の医師の治療を受けるのも、清水の

舞台から飛び降りる級の勇気がいる。

それで、毎週、通院する日がくると、目覚めたときから・・・・・

・・・・・・・という気分になっている。

そのままの気分で通院する。会社が見えてくると、心臓が痛く

なる。

あ~、今まさに働いている同僚に対してこの私ときたら・・・

というような、よけいに具合が悪くなるようなことを考えながら

主治医の元に向かうわけである。つらい。

で、今日がその通院日であったわけで、夜も更けてきたこんな

時間になっても、まだ同じ気分が続いているという、今までで

一番ひどい状態。

なんでや?

いや、理由はわかっている。

ただ、自分が情けないだけなのである。

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なぜ会社に行けないのか・・・・

私の休職期間もかれこれ8ヶ月の長期にわたっている。

予想外のことであって、本人が一番途方にくれていることは

間違いない。

どうすればいいのか・・・見通しがたたないのだ。

働こう、仕事しよう、という気持ちは間違いなくある。

それなのに、身体がついてこない、言う事をきいてくれない・・・

主治医はPTSDとパニック障害が混然一体化しており、完治まで

の道のりはなかなか甘くないよ・・・というスタンスだ。

早く治りたい・・・願うことは、ただただそれだけである。(といっても

私自身のことについては、という意味ですが・・・)

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2008年6月22日 (日)

紫陽花の思い出

散歩していて、美しく咲く紫陽花を見つけた。

何かが頭の中でスパークする。古い記憶・・・懐かしい光景・・・

父は、私が中学1年生のときに病に倒れ、1年弱の闘病生活の

末、亡くなっている。

紫陽花にまつわる記憶は、父が倒れる前の家族の記憶である。

神戸にある六甲山という1000メートル弱の山、ロープーウェイ、

紫陽花が両側に咲き乱れる山の小道・・・・

父と母は、ふたりで話ながらゆっくりと私の後方を歩いていた。

弟は、私の前を走っていた・・・

恐らく、4人家族全員での、幸福な最後の光景の思い出。

父の死後、母にとって、この光景は大切な思い出の宝物になった。

もちろん私にとってもだが・・・

闘病中の夫と、結婚記念日に散歩した小道で見つけた紫陽花・・・・

よみがえる30年以上前の記憶、母の思い出。

時の揺らぎを感じて軽いめまいがした。

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森林浴の光景

小雨降る、森林浴&散歩中、あじさいが美しく咲き誇り

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2008年6月21日 (土)

夏至、そして結婚記念日

今日は夏至の日だった。

終日雨模様だったので、日照時間の長さを感じることはできな

かったが・・・

17年前の夏至の日、私と夫は結婚式を挙げた。

披露宴での主賓のスピーチも、「真夏の夜の夢」についてだった。

おかげで結婚記念日を忘れにくいので、双方、この日を忘れる

ことなく、無事17年たった・・・

17年いっしょにいると、かなりの部分が同化しつつある。

価値観とか、好みとか・・・

17年分の記憶の共有は、なかなか重い事実だという気がする。

もっとも記憶の共有の大部分は息子に関するものであって、

それ以外については、記憶自体は共有していても、立場は違って

いることが多い。

息子とは、17年のうち、13年4ヶ月の時を共に生きてきた。

息子が、今日は夏至の日で、結婚記念日だと認識していたのが、

ちょっと驚きだった。

夕食後、家族3人で、ケーキと紅茶で、17年と、13年4ヶ月の

共に過ごしてきた時をお祝いをしたのだった。

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2008年6月17日 (火)

1年たっても・・・・

母が亡くなって、1年過ぎた。

一番変化があったのは、私の母に対する気持ちだろう。

母が亡くなった直後は、ただ悲しくて、悔やまれて、泣いて

ばかりだった。

思い出すと、悲しくなる。母に似た人の背中を見かけると泣

けてくる・・・・

そんな毎日が何ヶ月も続いた。

いつから変ったのか、記憶はないのだが、悲しさは悲しさと

寂しさの混在した気持ちに変り、寂しさメインであるときが

多いような気がするようになった。

そして、母の死後、母を知れば知るほど、感謝の念が深まっ

た。母がどれだけ私と私の家族のことをいつも心の中におい

ていてくれたか、よくよくわかることばかりであったから・・・・

生前に、もっともっと感謝の気持ちを伝えておきたかった・・・

母は、死後に麗々しい葬儀や仏具で飾り立てるのは無意味、

そういうことは、生きているうちに、感謝の気持ちからいろいろ

やって欲しいものだ・・・と、ときどき言っていた。

なんだか、母の言ったとおりになってしまっているような気もす

る・・・・ごめんなさい。

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2008年6月10日 (火)

母の一周忌

母は、昨年6月10日「頃」亡くなったと推定されている。

「頃」となってしまったのは、死体検案医の判断である。

日めくりカレンダーが6月10日になっていたことから、

6月10日までは生存していたと考えられ、6月11日の

午後8時すぎに、私が、ベットで眠った状態で母が亡く

なっているのを発見しているので、6月11日の午前0時

以降であった可能性も考えられ・・・・ということだと思う。

推定ではあるものの、今が、母の死からちょうど1年経過

した頃なのだ・・・

私が自分用に買った現代仏壇に置いてある母の写真の

前で、夫と息子と3人で、一周忌のお参りをした。

お経も、お線香も、鈴もない、静かで音のないお参りだっ

たが、その方が、母の声が聞こえてくるような気がした。

夕方、母のマンションで片付けをしていて、ちょうど帰ろう

としていたところ、ご近所で親しくしてくださった方が声をか

けてきてくださり、母の日頃の生活や言動について、思い

出話を聞かせてくださった。

この、ちょうど1年のこの日に、こんないろいろなお話を聞

かせてもらえるなんて、と、うれしさと、懐かしさと、寂しさと

が混然一体となって、涙がこぼれそうになった。

お母さん、あなたが、私のことを、私の家族のことを、大事

に思っていてくれたこと、お話を聞かせてもらって、よくわか

りました。うれしかった。本当にありがとう。

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2008年6月 7日 (土)

氷室冴子さん

作家の氷室冴子さんが肺がんで亡くなったと、訃報が出た。

51歳。私より、一世代上というほど年上ではなく、かといって、

同世代というには少し年齢の離れている、微妙に年上な年齢

の少女小説?作家のことを、その作品で、というより、その人柄

が好きだった。

「少女小説?」としかカテゴライズできない、独特の作品群であっ

たという記憶はおぼろげにある。

私がこの人の作品に接したのは、ほとんど流し読み的だったと

思われるので、かつ、かなり年数を経てもいるので、内容を記憶

していない。

それでも、訃報には痛く衝撃を受けた。

たしか、他の女性作家との対談集が出ていたような気がするの

だが、その内容は、作品より気を入れて読んだような記憶がある。

さわやかな人柄だと、とても好感をもったことが主な理由。

もうひとつは、北海道から出てきて一人暮らしをして寂しくて・・・・

というような本音トークがさらりと書かれていて、同じく仕事柄一人

暮らしを余儀なくされていた私としては、この作家の人柄に、とても

親近感を持ったのだったように思い出される。

あれから何年の歳月が過ぎたのだろうか?今や、それすらもわか

らないほどの歳月が過ぎた・・・私にとっては。

氷室冴子さん、どうか、安らかにお眠りください。

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2008年6月 2日 (月)

Wiiついに買う

ついについに、満を持して???Wiiを買ってしまった。

実際は、やっと決心がついただけなんだけど・・・

しかし、もうすでに、夫も、私も、息子も、すっかりはまっている。

買ったその日に、夫と私は熱く対戦し、後から、夫の病状が

心配になったぐらいであった。

買ったソフトは、Wii Fit と Wii Sport 、はじめてのWii。。。

夫と私は、もっぱらWii Fitで、自分自身の能力を競い合う形式

なのだが、息子は違う。熱さが違う。

Wii Sport で、テニス、ベースボール、サッカー・・・と直接対決

を申し込んでくる。

年齢を考えてくれぇ~と悲鳴を上げたくなるほどの連打であって、

もう、私はヨレヨレになった。前向きに言えば、良い運動になった。

いやぁ~、ついつい本気になってしまいましたねぇ。

大汗もかきました。

病人がいて、なかなか外出しづらい我が家にとって、運動不足

解消のためにも、ストレス解消のためにも、噂以上に有用な

しろものであるといえる。

もっと早く買えばよかった~~~。

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