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2008年1月18日 (金)

生きるということ

まことに恥ずかしいことながら、昨年、母を亡くしてから、

私は、自分が生きていなければならない理由はないの

ではないか、という思いにずっと囚われていた。

恐らく、このままダメになってしまうはずの人間であった

のだと思う。

そんなダメ人間が、一瞬で目を醒ましたのが、夫の病気で

あったというのが、悲しく、情けない。

夫に申し訳なくて、お詫びのしようがない。

ひとが生きていなければならない理由の有無など、なんの

意味も持たない。

今生きているから、だだひたむきに生きるのみ、ただそれだけ

のことであったのだ。

こんな当たり前のことがわからなくなっていた。

私のモラトリアム、ないしは、現実逃避の時はようやく終わった。

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コメント

アバウトミーからメッセージを送りましたが、
私が思っていた以上にととろさんは
しっかりしていらっしゃいますね。
少し安心しましたが、心配でもあります。
とはいえ、プラスに動いていらっしゃる
ととろさんにとっては私の心配は
ありがた迷惑なことだと思いますので、
あえて何も言わない方がいいかもしれません。

投稿: ペリエ | 2008年1月20日 (日) 00時16分

ペリエさん
いつもありがとう。

前にも、子どもの話題のときにお話ししたかもしれませんが、ペリエさんさえ嫌でなければ、ペリエさんなりに感じられた心配も含めた何もかも、
私に投げかけてくださるのが、一番うれしいことです。

無理しているのじゃないか、とか、最初に張り切りすぎて倒れちゃうんじゃないの、とか、いろいろ自分でも心配している訳なんです。実は。

全然ありがた迷惑になる可能性なしです。
「あえて何も言わない方がいいかもしれません」とおっしゃっていますが、
それは、99.99999999・・・・%ないと思います。
ペリエさんの感性は、私自身の感性とかなり近いものと感じています。

私は、ペリエさんの感想や、思っておられることを、できればまっすぐにお聞きしたい。それが正直な気持ちです。

投稿: ととろ | 2008年1月20日 (日) 03時14分

ありがとうございます。
そうですね、以前もそう言っていただきました。
自分で勝手に抑制をかけてしまう、私の悪い
クセかもしれません。
では、遠慮なく思ったことを申し上げますが、
ととろさんもご自身で心配していらっしゃること
と同じです。
最初に張り切りすぎて途中で疲れてしまうの
では、と感じました。
ちょっとずつでいいと思います。
周りの方にも助けてもらいながら、できることを
積み重ねていく。
それでいいじゃないか、と。
ととろさんまで倒れちゃったら、元も子も
ないですし。
ご家族、三人四脚で乗り越えていって
いただきたいです。

投稿: ペリエ | 2008年1月20日 (日) 18時53分

ペリエさん
本当にありがとう。こうでなければペリエさんらしくありません。はっきり、きっぱり、私にペリエさんの考えを聞かせてください。これからもどうぞよろしくお願いします。私自身の考えの二重チェックになる感じですが・・・やっぱりそうだよね・・・と、自分で納得します。大事なことです。
すでに・昨夜から今日にかけ、めまいで転倒しており、このペースを落とせない時期にどうやって体力温存しようか、考え込んでいるところです。
やっぱり、おぼっちゃまん君を使うしかありません。三人四脚そのものですね。

投稿: ととろ | 2008年1月21日 (月) 00時22分

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