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2008年1月10日 (木)

中村中つづき

今、iPodで、中村中のアルバム「天までとどけ」を聞きながら、

各種雑用を片付けていたところ、iPodの調子がおかしい。

よくみたら、電池切れである。

ということは、私はいったいこのアルバムを何時間聞き続けて

いたのか?たしかに、なんどもリピートしていたことは記憶ある

が。これは、ちょっと、正面から取り組んでみる必要があるかも

しれない。iPodだから、画像抜き、純然と音だけの世界である。

そして、私の頭の本格稼動部分は書き物の方に使われていた

はず。

ということは、本格稼動はしていないが稼動している他の領域

で、このアルバムの曲のすべてなのか、それともどれかなのか、

よくわからないが、何度でも聞きたいと願ったわけだ・・・・

ひとごとのような気持ちだが、いや、私の脳内の話だから自分

のことか・・・

あまり人に言った事はないが、私は幼少期からピアノと楽典、

作曲を習っていて、音楽家になるつもりだった。

才能はなかったので、途中で一切から手をひいたのだが、

耳は残っている。

私の耳は、中村中を求めているらしい。

それはいったいどうしてなのか、なにがそうさせるのか。

それを知るために、中村中に正面から取り組む必要が生じた。

好奇心は、ただ好奇心として存在していて欲しかった。

私という人間として存在しなければならなかった理由はなんな

のか。その問題にも取り組まなければならないのかな・・・

それにしても、なんという、美しく、どこまでも優しい、ときとして

哀しい声なのだろう、中村中。

自らの思いを伝えるには自らの声である必要がある、という

思いに至った・・・ということが書かれたくだりがあった。

このような、哀しく、透き通った、それなのに、前へ前へと進もう

としている、謎めいた声に出会ったことはない。

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コメント

心にビビビっときたアーティストだったんですね。
私も紅白で初めて彼女(ですよね)を見ましたが、
実はあまり印象に残っていません。
おそらく、あまりに透明すぎて私の中を
突き抜けちゃったのだと思います。

音楽の道に進もうとされていたとのこと、
私もそうでした。正確には、私が音楽の
道に進みたいって言っても大丈夫なように
親が幼少時から楽典を習わせていました。
結局私もその道には進みませんでしたが、
耳という財産を残してくれました。
その私の耳(と心)にはコブクロがドンピシャで
ヒットしたんですよね。
娯楽の域を超えていませんけど、こんなに
しっくりきたアーティストは近年いません。
これからも追いかけていきたいです。

なんだか私の身の上話的になってしまいました。
ととろさんも中村中さんと向き合う中で
発見がありましたら教えてくださいね。

投稿: ペリエ | 2008年1月12日 (土) 00時55分

ペリエさん
コブクロは私も心に響きます。たまたまテレビをつけたら、ちょうどレコード大賞が決まったところで、突然かなり激しくじ~んと来てしまいました。ほとんどそこで初めてコブクロを認識したような状態でした。
「蕾」は、小渕さんのお母さんへの思いが感じられて、私の心にハマリすぎるところがあります。
実は、テレビをほとんど見ず、ラジオもほとんど聞かず、という生活をしているせいか、コブクロのことは「蕾」が売れて、話題になるまでまったく知りませんでした。だから、私が初めて認識したコブクロは「蕾」で、「蕾」に関しては声ではなく、歌詞と曲の音の流れが醸し出すものが、私の中の空洞にハマリました。他の曲は知らないので、他の曲も聴いてみたいなと思っています。
中村中については、この人の過去の苦しみが見えてしまった、とでもいうか、苦しみから生み出したものが、あの声を含めたあの音であったことに感動したのかもしれません。

投稿: ととろ | 2008年1月13日 (日) 00時16分

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