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2008年1月

2008年1月31日 (木)

自治会餅つき大会

私の住むマンションは、比較的大型マンションであるため、

マンション独自で自治会組織をもっている。

夏祭り、餅つき大会、地区運動会への参加、マンション内外

近隣の花壇造り、等、いろいろな行事、作業を行っている。

私は、このマンションに住み始めた当初は、,熱心な自治会の

活動に少し引き気味だったのだが、長く住んでみると、これは

これでよいのかもしれぬ、と思えてきた。

行事があれば、住人同士顔も合わせる機会も増えるし、知り

合いは多くて悪いことはない、と思えてきた。

もっとも、高齢化、少子化が進み、先細り傾向は激しいのでは

あるのだが・・・

先週、自治会の餅つき大会があったのだが、今年は例年とは

決定的に違う異変があった。

例年、20歳~30歳代ぐらいの男性が全然餅つきに参加せず、

高齢者や少年たちがヨロヨロしながら杵を持ち、餅つきをして

いたのだったが・・・・

なんと、今年は、餅のつき手がたくさんいて、余裕で餅つきが

進んだのだという。

できるだけ多くの住人に参加を呼びかける、自治会の努力も

あったのだろうが、それにしても、どうしてそんなに急に状況が

好転したのだろうか?

謎は深まる。

というか、謎を解きたい、解かないと落ち着かないのが私の性分。

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2008年1月28日 (月)

息子自作弁当ご披露

Img_1279 このところ、誰も世話してくれないので、

自分で午前5時半起床し、自分でお弁当

をつくり、ひとりで登校していく息子。

掃除機かけ、風呂掃除、洗濯、ゴミ出し、

資源ゴミ分別、

等の家事全般、ほぼ自力にて問題なくこなすようになった。

そして、学校に着く直前、私に電話を入れ、私が起きているかどうか

確認する。起きていないと、授業の合間の休み時間中に再度電話か

メールをいれて起こそうとする。これでは、どちらが親かわからぬ。

この自立、成長の早さに驚愕。

我が子ながら、いえ、今日は、我が子だから、自慢しまくります。

息子自作のお弁当をご覧あれ。

おかずは弁当箱の上段。

かに玉、ほうれん草おひたし、豚肉のしょうが焼き、プリーツレタス、

ミニトマト、じゃがいものフライ。

下段はご飯。日の丸弁当である。

これにあと、お茶のペットボトルか、自分で沸かして作った麦茶を

水筒に入れて持っていく。

横にちらりと見えるのは、ふりかけ。

母も負けてはおられぬ!

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2008年1月26日 (土)

ある家庭医の物語

これは、寓話です。ノンフィクションではありませんので、

登場人物等に類似することがあったとしても、あくまでも

「寓話」としてお読みください。

ある街に、「家庭医」というお医者さまがいました。

ちょっとした身体の異常の相談を受けることもあるし、必要

があれば検査をして、「専門医」への橋渡しをする、というの

が「家庭医」の仕事でありましたとさ。

「家庭医」の評判は、特に良くも悪くもなく、街の人々は「家庭

医」のクリニックに通院していたのでした。

その街に住む「男」も、これまでも「家庭医」の所に通院して

いたので、今回も体調不良(尿の色が濃い)を感じてすぐに

「家庭医」のところに行きました。

「家庭医」は、尿検査だけをして、尿に異常はない、何も問題

ないと男に告げました。

その3日後、「男の妻」は、どうしても「男」の顔が黄色いように

感じ、頼むから、明日、大きな病院に行って欲しいと「男」に

言いました。

「男」は、いつも通り、都会の真ん中にある会社に働きに行き

ましたが、「妻」の言葉が頭に残っていたので、会社にいる

「産業医」というお医者さまに相談してみました。

「産業医」は、「男」を一目見るなり、近くの大きな病院に送り

込み、大きな病院のお医者さまたちは、大急ぎで尿検査と血液

検査をしてくれた結果、「男」に「いつ急変してもおかしくないぐら

いの重症だ」といって、「男」を緊急入院させました。

「男」は、そのまま都会の大きな病院でさまざまな検査を受け、

病気の内容がわかりました。

治療には長い期間かかるので、「男」の住む街にある、大きな

病院に入院して治療を受けることになりました。

皮肉なことに、最初に行った「家庭医」のクリニックと、治療を

受けることになった大きな病院は、目と鼻の先でした。

その後、「家庭医」のホームページを見た「男の妻」は、それまで

は、「家庭医」のことを怒ったり、恨んだりしてもしかたがないと思

っていたのですが、家庭医のホームページに書かれた一言を見

て、怒りのあまり、血液が沸騰して逆流し、めまいをおこしました。

ホームページにはこう書かれていました。

「なんの異常もないのに、異常があるはずだ、と訴えて納得しない

人がいて、そういう人のために、ほんとうの病気のために来てく

れた人を治療する時間が不足する。」

これは、寓話です。

「家庭医」とは何か、どうあるべきか、「家庭医」が見落としては

ならないことは何か、「家庭医」が陥ってはいけない罠とは何か。

「男の妻」は、誹謗中傷にはならないように、事実だけを、しかし

はっきり実名で、街中の主だった人々に伝えてまわったとさ。

どんとはれ。

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2008年1月23日 (水)

夫が退院し、その足で出勤した・・・

ジャパニーズサラリーマン、一般的な話、真面目でかつ上昇志向

が強い人がそれなりに多いのかなぁと感じていた。

真面目ではあるが、上昇志向があまり見受けられない我が夫。

2週間前、職場から直接入院し、退院してその足で出勤してしま

った。

やはりなんというか、ザ・ジャパニーズサラリーマンだなぁ、と

思ってしまいました。そんなに働いてどこへ行く・・・・

でも、今回の退院は、本当の退院の退院ではなく、次の入院

(別の高度医療ができる病院への転院)のための退院だから、

本人にしてみたら、まだ仕事を休む以上、職場への迷惑を

最小限にしたい、引継ぎ等も今のうちにしっかりやっておこう、

ということなんだろう。夫の真面目な性格がそのまま現れてる。

そして、帰宅しました。とても疲れているように見えた。

私としては、それがとても心配でならない。

だって、まだ現役の病人なんだから・・・治療の続きを別の病院

でやるために退院してきただけなんだから・・・・

でも、明日も終日出勤するという。あ~あ。なんてことだろう。

息子は、父親がいると、あきらかにハッピーとアンハッピーの

表情をくるくる変えるのでおもしろい。

夫が入院して、外泊でたまに帰ってきたときとかに、そのことに

気づいた。

父が好きだが、怖い、怖いけど、好き。わかりやすくていいわ~。

息子が私に対してどう思っているかなんて、表情変わらなくて謎

のまま・・・・

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2008年1月20日 (日)

夫の外泊(浮気ではありません)

夫は、入院して闘病生活中ながら、土日の自宅帰りを許され、

大喜びして帰って来た。

意外と子どもだなぁ、と感心してしまったのは、途中でヨドバシ

カメラに寄り道してきたこと。ほんとうに機械好きなのである。

病院でストレス溜まっていたんだね。

息子も、父親が帰って来ると聞き、いそいそと部活から帰って

きた。

こうしていると、夫が病気で入院していることが、まるで嘘のよ

うである。いつもの土曜日の夜といっしょ・・・・

息子は、今、自活のための料理修行中だが、なんでもかんで

も夫に質問しているではないか・・・・どゆこと?

私の料理より、夫の料理の方がおいしいというのは、息子は

もちろんのこと、近所中の評判である。

だからって、白菜の切り方まで夫に聞かなくってもいいのでは

ないか・・・私だって、白菜は切ります。

息子も、よっぽどお父さんと話たかったんだろうね。

私は、といえば、散らかし魔の私と息子だけで暮らしていた生活

の痕跡(要するに、しっちゃかめっちゃかにとっ散らかっている)

を消すべく、夫が帰って来る前に3倍速で動いた結果、ハイテン

ションになりすぎてしまい、夕食後めまいを起こして倒れました。

これまでであれば、なんということもない土曜日の家族の夕べ。

これが、特別なものとなってしまっている今。

あたりまえの暮らしができること、それだけで十分すぎるほど

幸せであるのだということを、心の底からしびれるほど感じた

今日の夕べ。天に感謝したい。

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ひとことだけ言いたい

もともと、人として心優しくない奴は、宗教者になるな!

人を悲しみに突き落す言葉を吐くような奴は、宗教の

現場から消えろ。社会の害悪だ。

人にはさまざまな事情、苦しみがある。

みんなそれを乗り越えようとしている。

乗り越えようとするから、心の支えにと、宗教に近づくの

ではないのか。

過去にどのようなやりとりがあろうとも、それも含めて

苦しんでいる相手を受け入れようとする努力をする気も

ない奴、むしろ弱っている者を突き飛ばす奴、悪魔のごとし。

宗教者の地位に留まる資格なし。社会悪、消去の必要あり。

削除ボタンを押した。いつか削除されてくれ。

その日が近いことを願う。

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2008年1月19日 (土)

医学とは、医療とは

私は、医療関係者ではない。ただし、医療にはやや詳しい。

なぜかというと、仕事の関係で、いやというほどの診断書を

読解してきているからである。かれこれ10年間近くになる。

その結果、医療現場で医療に関わっているわけではないに

もかかわらず、診断書読解のために医学書と医学辞典を

読みあさり、気がつくと、すさまじい量の医学書を読んでいる

という結果となった。

だから、基礎的なことは、医療者並みに理解できるようにな

ってしまっていた。

こんなことできるようになったって、仕事以外では、いや、

仕事上でも、ほとんど役にたたん!と思っていたのだが、

今日、初めて、すさまじく役に立ったというか、威力を発揮した。

夫の病状について、主治医が説明してくださる際に、看護師

さんがあとで感心してくださったほど、私の理解は早くて的確

だったそうだ。

質問もいくつかさせてもらったが、先生とのやりとりも、大変

スムーズであった。

もっとも、病気の内容は、そう簡単なものではないのだが・・・

主治医の説明を理解もできないよりは、よくよく理解できた方

が治療は進めやすいであろうと思いたい。

看護師さんの話では、なかなか医師と患者側の意思疎通は

困難なケースが多いという。

それは当然のことであろう、普通に生活していて、医学用語や、

検査値の意味、画像の読解なんか、習得する機会などないの

があたりまえだ。

ふと、医師と患者のいわば通訳役になるような仕事ってでき

ないかなぁ、などと思い浮かんだ。

が、まずはうちのだんなさまの治療が先決である。

あさってからが勝負本番。

この勝負、絶対勝ってみせる。負けるもんか!

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2008年1月18日 (金)

日本における仏教とはなにか

自慢にもならないことだが、私は一点の曇りなき無宗教である。

亡くなった父母を仏様になった、などと思ったこともない。

最初から話がそれまくっている・・・いかんいかん。

宗教者の中には、真実すばらしい人格をそなえた方もたくさん

いらっしゃるが、その方たちの多くは、宗教者にならなくても、もと

もと優れた人格でいらしたように感じる。

母の死以降、仏教式に葬儀を行ったこともあり、仏教者との接点

が急増した。

その結果、日本における仏教とは何か、しみじみ考えさせられた。

言葉にすれば、

「いったいあんたなんなの?」

「それでいったいなにを言いたいわけ?」

「あんた何様でおられますのや?」

という感じとでもいえば近いか。そのような思いが強まるばかり

である。廃れるはずだよ・・・これじゃあねぇ。ひどいもんだぜ。

今後、これ以上は絶対近づくまい、とあらためて強く心に誓った。

私の葬式は、無宗教でやる。家族もみなそうする、と言っている。

無宗教者一家の一丁あがりである。

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生きるということ

まことに恥ずかしいことながら、昨年、母を亡くしてから、

私は、自分が生きていなければならない理由はないの

ではないか、という思いにずっと囚われていた。

恐らく、このままダメになってしまうはずの人間であった

のだと思う。

そんなダメ人間が、一瞬で目を醒ましたのが、夫の病気で

あったというのが、悲しく、情けない。

夫に申し訳なくて、お詫びのしようがない。

ひとが生きていなければならない理由の有無など、なんの

意味も持たない。

今生きているから、だだひたむきに生きるのみ、ただそれだけ

のことであったのだ。

こんな当たり前のことがわからなくなっていた。

私のモラトリアム、ないしは、現実逃避の時はようやく終わった。

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2008年1月15日 (火)

息子の家事

息子は、ひとり息子のお宝坊ちゃんである。

つい先日、私の母、息子にとって祖母が亡くなるまでは、

祖母はほとんど息子に傅くようにして大切に育ててくれた。

その上に、父と母、大人3人に世話を焼かれていた息子は、

長男の甚六どころの騒ぎではない。

家事なんてとんでもない、自分の世話だってほとんどできない

おぼっちゃまんになってしまったのだった。

ところが、このまま一生生きていけるわけがないことは、すぐに

証明された。

まず、昨年6月に祖母が亡くなり、彼にサーブしてくれるような

大人はいなくなった。自分のことは自分でやってね、である。

しかし、三つ子の魂百までというところ、十二歳まで培われた

おぼっちゃまん根性は、そう簡単に変わるわけがない。

彼の第一の試練の日々が始まった。

半年かけて、すこ~しは自立のきざしが見えてきたかなぁ~

というところで、先週から夫が入院してしまった。

夫は、薄情な私とは違い、おぼっちゃまんの息子を見捨てられ

ず、なにくれと世話を焼いていたのである。

その父親が入院してしまい、残るは薄情でかつ家事が嫌い、

人使いが荒いと評判の母親のみ。

彼の第二の、本当の試練の日々が始まった。

ほんとになんにもできんやっちゃなこいつは・・・・と呆れまくる私。

プライドが高いので、うまくできない自分にイラつく息子。その上

に追いかけるように、母親の罵声が飛ぶ。

つい、この間まで、傅かれ、大切にされ、おぼっちゃん学校にの

ほほんと通って、お勉強さえちゃんとしていればいいのよ、と育て

られていたお坊ちゃまは、今、トイレ掃除、風呂掃除、床ワックス

がけ、プランターに水やり、ゴミだし、と、家事に追われる日々を

送っている。

でも、結局はうまくできていないので、こっそりあとからやり直して

回っているダメ母の私です。

しかし、必要に迫られるということこそ人を成長させる・・・・・

それを改めて痛感する今日この頃。

だって、私も、料理を作るのが格段にてっとり早くなっているの

だから・・・・

偉大なり夫。私の母亡き後、母の抜けた穴を埋めていたのは夫

だったことを思い知ったのである。

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2008年1月11日 (金)

家族の入院

空気のような、水のような、なくなると絶望的に困るが、

普段はそれに気づかない存在。

今日まで、夫は、完全にそのような存在であったといえる。

ところが・・・・今日、突然、朝は普通に出勤して行ったのだが、

会社から病院に送り込まれて入院してしまったのである。

何が悪いのか、まださっぱり分からない。

病院にかけつけた私は、オロオロしているだけで、ほとんど

役立たず。ナースステーションに挨拶してくるのを忘れて

帰ってきてしまったほど動転していた。

精密検査はまだ続くようだ・・・なんなんだ一体。

本当に久しぶりに、神というか天に祈る思い。

どうぞ、たいしたことがありませんようにと。

空気であり、水であり、私の父であり、兄である人。

(なぜか夫という気がほとんどしていない。)

大変な変人ですが、心のきれいな人ですので、どうか助けて

ください。

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2008年1月10日 (木)

中村中つづき

今、iPodで、中村中のアルバム「天までとどけ」を聞きながら、

各種雑用を片付けていたところ、iPodの調子がおかしい。

よくみたら、電池切れである。

ということは、私はいったいこのアルバムを何時間聞き続けて

いたのか?たしかに、なんどもリピートしていたことは記憶ある

が。これは、ちょっと、正面から取り組んでみる必要があるかも

しれない。iPodだから、画像抜き、純然と音だけの世界である。

そして、私の頭の本格稼動部分は書き物の方に使われていた

はず。

ということは、本格稼動はしていないが稼動している他の領域

で、このアルバムの曲のすべてなのか、それともどれかなのか、

よくわからないが、何度でも聞きたいと願ったわけだ・・・・

ひとごとのような気持ちだが、いや、私の脳内の話だから自分

のことか・・・

あまり人に言った事はないが、私は幼少期からピアノと楽典、

作曲を習っていて、音楽家になるつもりだった。

才能はなかったので、途中で一切から手をひいたのだが、

耳は残っている。

私の耳は、中村中を求めているらしい。

それはいったいどうしてなのか、なにがそうさせるのか。

それを知るために、中村中に正面から取り組む必要が生じた。

好奇心は、ただ好奇心として存在していて欲しかった。

私という人間として存在しなければならなかった理由はなんな

のか。その問題にも取り組まなければならないのかな・・・

それにしても、なんという、美しく、どこまでも優しい、ときとして

哀しい声なのだろう、中村中。

自らの思いを伝えるには自らの声である必要がある、という

思いに至った・・・ということが書かれたくだりがあった。

このような、哀しく、透き通った、それなのに、前へ前へと進もう

としている、謎めいた声に出会ったことはない。

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マクロビオティック レストラン

先日、ネット友に、マクロビオティックのことを教えてもらった。

もちろんその段階では、なんじゃらほい、状態である。

ただ、私は、好奇心が人間に化けているだけなので、さっそく

調査、探索に乗り出した。

本屋には関連の本はないが、図書館には山とあった。

つまり、最近売り出し中の概念ではないということか・・・

図書館で借りた本を読み出したのだか、歳のせいか、なか

なか頭にはいらぬ。まだ、ほとんど理解できていない。

であれば、実践先行型学習といこう。

手下(息子)を連れて、隣駅にある、マクロビオティックレスト

ラン陽菜(ひな)に行ってみた。

おいしい。肉がまったく使われていないとは思いがたい。

息子が、鶏のから揚げ?といぶかしがりながら食べていた

ものは、大豆由来のなにやらかにやら・・・・説明されたが理解

できず。

とにかく、肉ではなかったのだが、肉と言われていれば肉と

思って食べてしまう味だった。

玄米も、雑穀米も、実においしかった。

おかずは、古典的日本食のおかず。

ひじきとにんじんの酢の物、きんぴらごぼう・・・・

というわけで、知識習得の方はさっぱりだが、実践の方は順調

に進んでいるわけです。

もちろん、ちゃんと本も読みますって。

あんまりおいしかったので、中間報告が必要かな?と思ったの

です。平日のお昼はすいているとみました。休日は混んでいそう。

マクロビオティック レストラン 陽菜(ひな) 最寄り駅 西千葉

http://www.natural-hina.jp/index.html

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中村中という人

昨年の大晦日、恐ろしいほどの才能を知った。

中村中。なかむらあたる。性同一障害であるという。

聞かされなければ、一見したところなかなかすてきな女性。

しかし、歌を聴いて、性同一障害だということとこの人の才能

は一体のものであって、そこのところを知らずしてこの凄まじい

までの才能を理解するのは逆に難しいだろうと思った。

かつてはかなり苦しんだ人なのだろう。そうでなければ、現在

の才能のはじけぶりがつじつま合わない。恐るべし。

ピアノは独学だという。歌う事が大好きだった「少年」が、

声変わりに向き合って歌う事から離れ、その思いのすべてが

ピアノに向かった、しかも独学というところがポイントだ。

正式に習うと、どうしてもクラシックから入りがちになる。

近いところでは、ライブ、コンサートの予定がないようなので、

生を聞くのは先になってしまいそうだ。それが少しつらい。

紅白歌合戦なんてなくなってもちっとも構わない、という持論

の持ち主だった私だが、これだけの才能をポンと出してくること

を考えると、まったくムダな存在とも言い切れぬ。

まだ完全に見捨てることはできないか・・・紅白歌合戦。

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2008年1月 8日 (火)

息子の親離れ、カラオケで知る

息子のできること、できないこと、得意なこと、苦手なこと、

これまでだいだい把握できていた。・・・・と思っていた。

息子は音痴で、歌が苦手、これは、私と本人の共通認識

だったはずだった。今年の新年カラオケ大会の日までは・・・

息子の持ち歌は2曲。それだけのはずだった。

しかし・・・・私の知らない曲の予約を次々にいれていく息子

の姿に、よほど遊んでいるのかしら、いったいどうやって、

こんなにレパートリーを増やしているわけ?と、私の頭から

角が盛り上がり始めた・・・・

新しいレパートリーは、いまどきの曲ばかりである。

横目で睨みつける私にかまわず、息子はまずまず音程を

はずすこともなく、歌っている。

「どういうこと?」

「はい?」

「どこで練習しているの?」

「練習してない、聞いているだけ」

「どこで聞いているの?」

「学校の図書館かうち」

「はぁ?」

結局、インターネットの動画サイトで、気に入った曲を見つ

けて何度も聞いているうちに覚えたということらしい。

う~む。

何がいけない、ということではない。だが、なんとはなしに

気にいらない。悪いことをしているわけではない。

しかし、これも、まあ、なんというか、成長のうちに属する

ものではあるわけなんだろう。

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2008年1月 3日 (木)

新年カラオケ大会の巻

私の友達は、例外なく歌がうまい。そしてカラオケ好きである。

であるから、毎年、新年カラオケ大会があり、私の住む街の

駅前のカラオケボックスに集合する。

なぜそこに集合するかというと、ソフトドリンクとソフトクリーム

が飲み放題、食べ放題で室料に含まれていて、お酒を飲まな

い私たちにとって、大変リーズナブルであることが大きい。

今年も、今日の午後2時45分からカラオケ大会スタート。

お昼にスタートするのも毎年恒例のこと。

これは、電車に乗って来ている人たちもいるため、エンドレス

で歌い続けても夜中にならないために、スタート時間がどんどん

前倒しになった結果である。

3時間、歌って歌って歌って、コーヒー飲んで、ジュース飲んで、

ソフトクリーム食べて、また、歌って歌って歌って・・・・

そして精算した金額は2,520円であった。

ねっ、リーズナブルでしょ!

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初日の出、(薄)赤富士、絶景かな

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あけましておめでとうございます。

2008年元旦午前5時。寒い、眠い。でも、さあ出発。

房総半島の先っぽ近く、鋸南町にある鋸山山頂(標高329m)から、

初日の出を見よう、と唐突に思い立ったのである。

かわいそうな夫は、大晦日だというのに「早朝から運転するなら

深酒はできん・・・」とつぶやきながら早々と寝てしまった。

息子と私は「このまま起きていよっか!」とか言いながら、CDTV

を見ていたが、午前4時の時点で、息子ダウン。その後まもなく私

もダウン。しかし、這い上がるようにして5時に起き上がり、初めて

の家族初日の出ツアーは決行された。

息子は、車が走り出すや否や口をあけて爆睡。夫は、「まっ暗で

緊張する。」「高速が意外に混んでる」とぼやき続けて眠けを払っ

ているらしい。

館山道をかっとんで、鋸山ふもとに到着したのは午前6時半近く。

強風のため、途中速度制限も入っていたし意外に時間がかかっ

ている。鋸山山頂の初日の出は午前6時50分、急げ!

鋸山登山道(自動車専用有料道路)を駆け上がれ!

あきれ果てるぐらいカーブのきつい上り坂、内房の海が見え隠れ

する。

山頂下駐車場に着いたのは何分だったのか、時計を見ている

余裕なし。「これが階段か~」と叫びたくなるような瓦礫と岩の

急坂を駆け上る。息があがるが山頂はもうそこだ、頑張れ!

って、一番遅れているのは私だよ。息子と夫は、ずいぶん先だ。

午前6時40分、鋸山山頂到着。

360°の絶景のはずが、人人人人人・・・

どこに立っていればいいのか、進むことも戻ることも困難。

まるで通勤時の満員電車やないか。

やたら騒々しい琴の演奏が流れているのも空々しい・・・

しかも、雲が出でいて50分を過ぎても日が出ない。

とはいえ、雲の輪郭は燃えるかのように輝き始めている。

もう、その雲の後ろに日が昇っているのがはっきりと感じられる。

もう少しだ・・・もう少しだ・・・いつの間にか心の中で、その言葉

を繰り返している私。誰に言っているのだろうか?自分?

背後には富士山も見えているはずなのだが、人の層が厚くて

振り向くこともできない。

後方から「富士山きれい~」という感嘆の声があがっている。

見たいなぁ、気になるなぁ、富士山フリークの夫は日の出より

富士山が気になってしょうがないようだ。

午前7時、ついに雲の合間から初日の出。ギラギラと燃え盛る

火の玉が姿を現した。

凄まじいパワー、ゆるぎない力、エネルギーの源。

日々目にしているはずの太陽、それなのにこれほど強く、太陽

からエネルギーを与えられていると感じたことはなかった。

振り向くと、朝日を浴びて雪が薄赤色に染まる富士山の全景が

視野いっぱいに広がっていた。圧倒された。

2008年という年が、私に力を与えてくれている、今年、私は再生

するのだ、と強く心に誓った。

帰路に着くと、息子は、またしても車に乗るや否や爆睡。

せめて口を閉じて眠っていてくれ、自慢の息子。

Img_1241 Img_1249

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2008年1月 1日 (火)

とにかく年は明けたのだ

2008年だ。

とにもかくにも年は明けたのだ。

新しい年がはじまる。

どうか、私に力を。

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