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2007年11月25日 (日)

母の日記

某大手百貨店から母あてに、「2008 家計簿ダイタリー」なるものが

送られてきた。カード会員あてに、毎年送られているものらしい。

百貨店のカード会社には、母の死について連絡しないままに日が過ぎ

てしまっており、未だに、カタログやご案内を送ってきている。

母は、家計簿はつけていなかったようで、この家計簿ダイアリーを純然

たるダイアリーとして、ここ数年間、毎日日記をつけていた(ことを母の

死後に知った)。

もちろん、体裁は家計簿そのものなので、毎日それほどたくさんのことを

書く欄があるわけではない。本当に、ひとこと、その日にあったこと、思っ

たことを書いてあるだけである。

突然死の1年前ぐらいから、ところどころに「ドクドクする」「胸がザワつく」

といった表記が散見されている。心臓病の専門医にかかって薬も飲んで

いたが、急性心不全による突然死にいたる兆候は、ずいぶん前から本人

の自覚症状としてあったのだということを、母の死後、日記を発見して読み、

私は初めて知った。

特に、私が階段から転落して顔にケガをして入院したときや、私が心身の

調子を崩して回復の見通しがたっていない時など、私のことを心配する

言葉とともに、自分の胸部の苦しさや「ドキドキした」「ザワザワした」といった

表記がセットになっているように感じられた。

昨年来、私は、本当に公私ともども不運に見舞われ続け、私自身が心身とも

に崩壊寸前の状態にあった。私の苦しみは、ほとんどそのまま母に投影され

ていたように思う。

母とふたりで会話をしている時、「あまりにもかわいそうすぎる・・・・」「その

仕打ちはひどすぎる」「なぜ、そんな言われ方をしなければならないの」と、

母が私自身になり代わったように、突然涙声になったこともあった。

その当時、私は、心身ともに打ちのめされていたため、母が口にしたような

怒りや悲しみ、悔しさという感情が沸いてくることすらない状態であった。

たぶん、母は、私の状態をみて、本来私が背負うべきそれらの負の感情を

代わりに背負ってくれたのだと思う。

母のすでに弱り始めていた心臓に、本来私が追うべき苦しみが次々圧し掛

かり、ついにその負荷に耐え切れなくなった時に、心臓が自然に動きを止め

ように感じられてならない。

父が早世してから約30年、母は、一見するとあまり「お母さん」らしくなく振る

舞いながら、その実、自身の力のすべてをかけて、子どもたちのために生き

きった人だったと思う。

最後の最後の一瞬まで、私を支え続けてくれた母だった。

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