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2007年10月11日 (木)

孤独死

母のことは、その生も死も、いずれ文章にしたいとは考えている。

が、今はまだ、母の死そのものが、ストンと自分の中に落ちてきていない。

私の中に、落ち着き場所がみつからないらしく、血液にでも混じって体内放浪

しているようだ。日によって、体中、違うところが痛む。

いつの日にか、ひとところにおさまってくれるのだろうか?

もしかして、そのときは、その場所だけ激痛が走り続けるなんてことはないと

信じたいが。

痛みの原因の主たるものは、母を一人で逝かせてしまったこと。

そして、すぐに気がついてあげられなかったこと。

死体検案書の死亡日時は「6月10日頃」なのだ・・・・・このことが、時間の経過

とともに、私の中で和らいだり、薄らいだりすることはないように思う。

増え続ける、独居高齢者。このマンションにもたくさんいらっしゃる。

お子さんや親戚の方が、近くにいらっしゃる方ばかりではない。

母を一人で逝かせてしまって、正確な死亡日時もわからないような死に方を

させてしまって、「孤独死」というものが、私の中に重く居座り続けている。

このままでよいはずがない。このまま看過してよいはずがない。

何かしなければ・・・・でも、何から手をつければよいのか・・・・

自分の気持ちさえも持て余している私にできること・・・・・

でも、もしかしたら、何か始めることでしか、私は私を許すことができないの

かもしれない。

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