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2007年10月22日 (月)

母の友人より

母の習い事関係でとても親しくしてくださっていた友人の方で、大怪我を

されて習い事を休んでいらしたために、たまたま母の訃報をご存知なか

った、という方から、母の家に電話をいただいた。

話し始めは涙声気味でいらしたのだが、私があまりにもしゃきしゃきと話

すせいか、だんだん元気になられ、いろいろ母のことを話してくださった。

母が日常的に口にしていた三大口癖

1 ころりと死にたい

2 子どもたちに絶対迷惑をかけたくない

3 寝たきりとか、病院に入院とか、そういうことになりたくない

なるほど、あの死に方は、確かに母の意向にかなっている。

本人が予想していたのより、時期が早かったということを除けば、

123すべての要件は満たされている。

突然すぎて、私がつらさから立ち直れないことを除けば・・・・だ。

母が亡くなったときの様子、恐らく就寝中に、眠ったまま急性心不全で

あったと思われること、表情はまるで眠るかのごとくで苦しんだ様子は

まったくなかったこと、そのような私の話を聞き終えた友人の方は、きっ

ぱりとおっしゃった。

「よかった、ご本人の望まれていた通りの亡くなり方で・・きっと納得され

ています。お電話してよかった、このお話ができて良かった。」

やはりそうくるのか・・・、この話は、母の別の友人の方からも聞いた。

きっと、その通りなんだろう。いつもそう言っていたんだろう。

でも、やっぱり、私にとっては同じだ。母は苦しまなかったかもしれないが、

一人きりで逝き、そのままなにがしかの時間、もしくは日が過ぎた。

この事実は変わらない。私の悔いが消えるわけではない。

お電話くださり、母の死を悲しんでくださり、感謝いたします。

ときどき、思い出してやってください。お世話になりましてありがとうござい

ました。

こう言って、私は受話器を置いた。この言葉に嘘はない。

ただ、なぜだか、電話の後、私の中の悲しみはさらに深まっていた。

母を見つけた時の映像が、消えなくなっていた。フラッシュバック・・・・

今はただ、時が過ぎるのを待つことしかできない。

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コメント

お気持ち、よく分かります。
私は目の前で父を亡くしました。
心臓が悪かった父が、目の前で突然倒れた時、救急車がずっと来なくて、最後まで震える手で何度も心肺蘇生をしてました。でも、助からなかった・・・
あの時もっと力を入れていれば。
あの時もっと息を吹き込んでいたら。
あの時もっと・・・
自分に知識があったら、父は助かったのかもしれない。
自分の非力さを、何度悔やんだかしれません。

時間と共に、記憶は形を変えていきます。
無理をしなくても、心が自然に出来事を受け入れていきます。悲しい記憶もひっくるめて、「自分」になっていきます。
残りの人生、丁寧に生き、命の大切さを実感し、充実させていけたら・・・亡くなった方は安心なさるのではないでしょうか?

投稿: 美也 | 2007年10月22日 (月) 09時23分

美也さん、心のこもったコメントをありがとうございました。お父様のこと、同じことがわたくしにあったら、私は心肺蘇生すらできずに呆然としていただけかもしれません。お話を伺った上で、悲しい記憶もひっくるめた「自分」になっていく、との言葉が、自然に心に染み入るようにはいってきました。そうですね。母が望んでいたことは、私が母の死を悔やんで苦しみ続けることではなかったはずです。今すぐには無理ですが、これから先、自分がどう生きていきたいか、よく考えて、再び歩き始めたいと思います。

投稿: ととろ | 2007年10月22日 (月) 22時34分

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