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2007年10月29日 (月)

母の小さな遺影

母の写真を、遺影の小さいバージョンを眺めながら、今日一日を過ごした。

もとの写真は、息子の初節句の日に、母、夫、私、息子の4人で、セルフ

タイマーで家族写真を撮ったものである。

今日、写真の母が、心なしかいままでよりうれしそうに見えるのは、私の

気のせいかなあ・・・・

母は、私の子育てを助けるために近くに引越してきてくれたとき、弟の気持ちを

非常に気にしていた。捨てられたように感じていないか・・・みたいなことを。

弟が実際にどう感じていたのかはわからない。いろいろ思うところはあったよう

で、一度私と言い合いになったことはある。

弟の主張どおり、仏壇等が弟の手に渡ったことで、母は、千葉への引越し以来、

なんとはなしに気にし続けていた弟の気持ちのことから、やっと解放されたの

かもしれない。かなり「気にしい」であったから、母は、私もだけど。

今、ひとつだけ願いがかなうのであれば、もう一度母に会って、私のそばにいて

くれた11年間についてお礼を言いたい。そして、謝りたい。

亡くなってから母のことを思う気持ちの半分でも、生前の母に向けていたら、

ここまで悔いなくてもすんだと思う。私は、私の気持ちを母にぶつけるだけだった

のだ、甘え続けていた。そのことを謝りたい。もう少し、お母さんの気持ちを考えて

あげられなかったことを。

写真の母は、明るく笑っている。

笑い声が聞こえてきそうなほど・・・・

いっそ、声が聞こえてくればいいのに・・・(幻聴が出たといって、精神科にでも連れ

ていかれてしまうか・・・)

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母のこと」カテゴリの記事

コメント

拙ブログを貴ブログで紹介して下さり、誠にありがとうございます。当方からも貴ブログにリンク欄からリンクさせていただきましたので、その旨報告いたします。

お母様を亡くされた心中、拝察申し上げます。私も父と母を相次いで亡くして悲嘆にくれておりますので、お気持ちが痛い程よく分かります。今後とも、よろしくお願い申し上げます。

投稿: カミタクこと神山卓也 | 2007年10月31日 (水) 00時13分

カミタクさん、コメントくださってありがとうございます。リンク欄からリンクをはっていただき、感激しております。
初めてブログを拝見した際に、あまりの多才・多彩さに、圧倒されめまいを起こしそうになりました。この方は、いったい何者なの???と・・・

ブログを拝見させていただくたびに、お父様やお母様について書かれている内容の随所に、私にはうまく言葉にできなかったけれども、言葉にすればこういうことだ、と、共振のようなものを感じるところがありました。読ませていただいているうちに、気づいたら涙が止まらなくなっていたこともありました。

私も、相次いでではありませんが、父は32年前に亡くなっておりますので、今年6月に母も亡くなり、なんとも言いようのない、喪失感、悔い、悲しみ、寂しさ、脱力感、ごちゃごちゃになったまま日々過ごしております。

もともと気持ちを言葉や文章にするのが苦手ですので、記事もコメントも言葉足らずかと思いますが、どうぞ、今後ともよろしくお願い申し上げます。

投稿: ととろ | 2007年10月31日 (水) 13時46分

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