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2007年8月

2007年8月29日 (水)

謎めいた美人の都バス運転士

今、都バスにて帰宅の途中。実は、私がこのバスに好んで

乗るのは、始発バス停から終点バス停まで乗るため、熟睡

しても乗り越しがないという理由が大きい。

主に疲れて眠たい日に利用する。

それなのに、今日は眠気もどこへやら、携帯でこのブログを

書いているのには訳がある。

運転士さんが、少女かと思うほど若い女性で、なおかつ目を

疑うような美しさだったから。つい実況放送したくなってしまっ

た。若いのに、仕事中だからか、良く言えば落ち着いた感じ

に、良くなく言えば地味というか暗い感じに見える。

しかし、今まで乗ったどの都バスよりもスピードが速いような

気がするが気のせいだろうか?

道の凸凹でバスが跳びはねる。下り坂ではジェットコースタの

ごとし。でも運転はうまい。これはプロだから当たり前か・・

元は飛ばし屋かなぁ、自動車部とかでダートラでもやってた

人か?前職はトラックの運転手? 

中年のおばさんであるところの私は、すでに遠慮深さを半分

失っているので、美人運転士さんをじっくり観察?してしまう。

小顔、細いあご、小柄そうな華奢な印象。でも、さすがプロ、

腕はがっしりして筋肉質に鍛えられていた。

プロは美人なだけでなく、とてもカッコイイのだった。

ようやく終点、明らかにいつもより短時間で着いた。やっぱり

かなり速いのだ。すこーしばかり怖かった、速い分揺れが大き

くて、時々跳ぶし。

しかし、謎めいた美女の大型車両運転テク、真夏?の夜の夢

のごとし、おもしろい目に合わせてもらって感謝です。

また、乗り合わせる機会があればうれしいな。

わずか200円(バス運賃)の娯楽、極楽。

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京懐石の夕べ

私は、関西風の食べ物が大好き。

関西では、全体的に薄味で、調味料よりだしを感じさせる

味付けが多かったように思う。

息子が部活の続きで花火に行ってしまった日、久しぶりに

夫と京懐石 美濃吉というお店に夕食を食べに行った。

「とてもおいしいね」と久々になごやかなふたりであった。

私の生まれは名古屋で、母の生まれも名古屋であるため、

一応、故郷は名古屋ということにしてある。

しかし、実はずっと名古屋住まいだったのではなく、18年前

に千葉に来るまでは、名古屋、東京、関西の3ヶ所をうろうろ

しながら生きてきた。

関西は、小学6年生から中学1年生にかけては西宮市、大学4

年間は箕面市、就職してから3年間は尼崎市に住んでいた。

西宮市時代に父が病死し、名古屋の母の実家に引き取られた。

子供心にもなんとはなしに肩身が狭い部分もあり、また、関西に

惹かれるものがあり、あえて大阪の大学を受けて、母の実家を

出た。ほとんど家出に近い形で、みかん箱1つ分の荷物だけ持っ

て、大学の女子寮に引越してしまった。

あの時の母の気持ちが、自分も子をもった今の私にはわかる。

しかし、当時は、猛女と親戚一同から恐れられていた祖母も

健在で、母もまあ気の強い人であり、母の実家の片隅に住む

私には、なかなか気の疲れる生活環境であった。

当時は、大学に入る時が脱出のベストチャンスという思いだけ

に捕われていた。

まだ今は、思い出の多くは「母に詫びたきこと」につながっていく。

楽しかったことを思い出せる日は、もう少し先なのか・・・・・

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毎年、夏休みの最後の週は・・

毎年恒例、夏休みもあとわずかという時期が来ました。

息子との会話は毎日たった一つのテーマに限定。

「宿題は全部終わっているか?」

さらに今年は、中学校にはいって宿題の質も量も

小学校のときと比べて格段にレベルアップしており、

結構夏休み中そこそこはやっていても、本当にギリギリ、

アップアップの状態、新学期までに間に合うのか親としては

とても不安。提出物を提出できないと、テストの点が良くても

通知表は赤点になるという方針の学校だから・・・・

かといって、中学生にもなっている子に、宿題全部できたか?

なんてあまりガミガミ言いたくもないし。

夫は、先週末、正攻法で息子にガミガミと繰り返し言っていた

が、その結果一触即発の危ない二人という関係になってしま

った。なんといっても反抗期だし。暑いせいか夫も息子も(私も)

キレやすいような気がする、例年よりも・・・・。

宿題の内容は、とても中学一年生に対するものとは思えないよ

うな、アカデミック系創作物が多くて、人格形成上とても好ましく

思えるのだが、でも、うちの息子にはできなかったらどうしよう、

とひそかに胃を痛めている自信のない母親なのである。

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2007年8月25日 (土)

酒呑みの言い訳

山口瞳さんの「酒呑みの言い訳」?、「言い分」?だったかもしれないが、かつて私の愛読書であった。
今、私が焼酎をのんだくれて終電で帰る途中であること、山口瞳さんの著書とにはなんの因果関係もない。
ならなんで山口瞳さんのことから書き始めたのか?
それは、つまり完全に酔っ払いだからであるわけだ。
今日の焼酎は、鹿児島産芋焼酎、蔵神。世の中にはなんと多くのおいしい焼酎があることか!母があのように突然亡くならなければ、私が終生出会わなかったかもしれない、素晴らしい焼酎に乾杯!!
あっ、心配しないで、酒びたりになっているのじゃないです。週に1回だけにしてるし。でも、たまには呑んで呑んで、母が出てくる夢を見たりできないかなー、なんて期待していたりして。バカですね。

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アルカイックスマイル

アルカイックスマイルとはどのようなものか、あまり知られていないのだろうか? 私は、たぶん高校の日本史の授業か何かで、広隆寺の弥勒菩薩像の写真を見せられながら、アルカイックスマイルの由来を習った気がする。 なんとはなしに、憧れを感じて、ちょっと真似してみていた時期もあった。うまくいかなかったけど。 今の職場に完璧に近いアルカイックスマイルの人物がいる。案の定、みなから教祖と呼ばれていた。やっぱりね! 教祖はとにかく優しい。怒りや苛立ちを見せない。そもそも、そういった感情があるのかどうかもわからないが。 アルカイックスマイルを知らなかった同僚たちはみなわたしよりかなり若い。というか、娘でもありえないことはないというか。そして、みんな似たようなことをいうのである。日本史も世界中も、高校で授業を受けていないと。彼女たちの多くはかなり高学歴である。 もしかして履修もれ?と思いつつ、本人達には罪はなく、かついまとなってはどうしようもないことなのだと思い至る。 でも、こんなに知的レベルの高い人たちが、シルクロードと日本のつながり、仏教、仏像、数々の遺跡、はるかかなた昔に思いをはせることを楽しむために、最低限必要な知識を得られなかったこと、得させなかったことが、どれほど大きな損失であるのか、誰にも計り知れないのだ、と思い知る。 いつの日か、この国が、その報いを受ける日がこなければよいのだが・・と、壮大な懸念をしつつ、たかがアルカイックスマイルと思えない自分が狭量なんじゃないかという懸念もしつつ。

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2007年8月22日 (水)

癒しの世界

母が亡くなってから、どうも心身のあちこちに空洞でもできて

いるような空虚な感覚がある。空洞の内側は擦り傷にでも

なっているのか、とかく沁みるしかなり痛いときもある。

以前なら、なんとも思わなかったようなことをきっかけに、

かなり強く沁みる。

そのせいなのか、どうしても空洞を埋めるもの、痛みが治る

ものを無意識に求めている。

鋭角的な痛みや、体の芯から拡がっていくような空虚感の

尖った先端が少しずつ削れて、丸くなっていく感じ、とでもい

うか。その感じを一瞬でも感じたくて、現実世界と精神世界の

重なり合う辺りをさまよい続けている。

私は、大学で脳の記憶機能について勉強していた。20年以上

の時を経た現在、実感として、脳はすばらしい事象保存機能と

再生機能、ときには幻影・幻聴機能?(危ない!!!)までを稼動さ

せるものだということがよくわかった。

甘い夢を見させてくれることもある。

夢の中で、母はいつもの割烹着を着ている。

かと思えば、何度も何度も、これでもかこれでもかと、私に悔い

を迫って、痛めつけ、苛んでくる。

母の死以降、世の中には、本当に様々な苦しみ、哀しみがあり、

多くの人が癒しを求めている訳が、ストンと胸に落ちた気がする。

ときに癒しの世界のさまよい人となることで、少しずつでも、鋭い

痛みが和らぐことを祈りつつ。

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持病追加?

私には、「パニック障害」という持病があることは、以前に書いた。

母が亡くなってから、やることや考えることが多すぎて、夜中にも

ウロウロしていたり、朝まで考え事をしていたり、なんてことを

繰り返していたせいか、なんだか睡眠リズムがおかしくなってき

た。

不眠症のような、過眠症のような、夜昼転倒というような。

ごくフツーのサラリーマン?である身としては、とても困った事態

になっているわけで、時差出勤どころか、夜勤にでもしてもらわな

ければまともに仕事がまわらない。昼間は眠くて・・・・

いつまでも様子見というわけにも行かないので、睡眠専門の

病院に行ってきた。

睡眠がらみの不調を総称して「睡眠障害」というのだそうだ。

さっそく来週早々、検査入院予定。9月中旬診断確定予定。

また、持病が増えるのか・・・・・??

いずれご報告を。

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お墓は誰のためのもの?お墓の引越し(改葬)について思う

お墓は、誰のためのものか?

実は、今まであまり考えたことはなかった。

というか、一度も考えたことはなかったと思う。

一般的に考えると、生きている者たちが、先祖にお参りする

ために、形あるものを必要とする意味で、やはり生きている

者のためのものであろうか?

でも、自分のお墓を故郷に作っておいて、亡くなったら故郷の

土に還るのだ、と言っていた人もいる。

私の母である。

母は、私に「お墓参りはできるときだけしてくれればいいからね」

「将来は無縁仏になってもかまわないからね」と、とにかく自分の

故郷である名古屋のお墓に納骨して欲しい、と日常から念押しし

ていたのだ。

どう考えても、あのお墓は、母が故郷に還るためのものだとしか

思われてならないのだが・・・・

さて、今朝、テレビで、「お墓の引越し(改葬)特集」をやっていた。

故郷が遠くて、仕事が忙しいとか、高齢になって遠距離移動

がつらくなって、5年に一回ぐらいのお墓参りさえ、しんどくなっ

てきたので、自宅の近くの霊園に新しいお墓を造って、300年

から続いていた先祖代々のお墓をお引越し(改葬)した、

というような話だった。

この場合は、改葬を決めたのは生きている人間の側の都合

が主なわけだ。しかし、なかなかお参りや掃除したりしてもら

えない状況の改善、と言う意味では、先祖の方々にとっても

お引越しは良いことだったとも考えられる。

我が家の場合は、弟は、お引越し(改葬)推進派である。

私は・・・・まだよくわからない、だめだと断定できないが、かなり

強い抵抗感がある。故郷に還して欲しいという母の声が聞こえる。

母が亡くなってから、いろいろ考えることが多い。

しかし暑さのせいか、私のキャパシティのせいか、ちっとも結論

が出せない。

私は、「お墓」というものの言われ、意味を調べるところから

考え始めないと、考えがちっともまとまらないというバカ者です。

だから、常に問題が累々と積み上がっていくばかりなのである。

参考までに、改葬についてのサイトをふたつほど。

http://sogi-iso.jp/jouhou/sougi10/10_7_5.html

http://www.chunichi.co.jp/article/living/life/CK2007080502038694.html

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見浜園にて思う

息子の宿題は、いよいよ佳境に差し掛かってきた。

はっきり言って、どれも創作系課題で、私から見てかなり

難易度が高い。親が手伝うどころではなく、叱咤激励する

ことしかできない。もっとも去年までは叱咤激励どころか、

どんな宿題が出ているのかすら、正確には把握できてい

なかった。

産んだだけの母親とは、去年までの私のことであろう。

さて、今年の美術の宿題は、「日本庭園の写生」。

猛暑を通り越して酷暑だと言われる中、日本庭園通いは

始まった。

千葉市美浜区の海浜幕張公園の中に見浜園という、なか

なか凝った造りの日本庭園がある。一歩外はもう幕張の浜、

要は真夏の海である。サーファーが、水着の親子がうろうろ

している。一方、我々、正しくは私は日焼け防止の完全防備

態勢である。皆が、妙な顔をしているような気もしたが、構っ

てはいられない。息子は大きなスケッチブックと水彩絵具セット、

2Lの水のペットボトルを抱えている。

晴れた日の日中は、暑さのあまりかげろうがたっているのか

、自分の意識が朦朧としているのか、あたりの景色がゆらいで見える。

中学生の宿題に親がついて行くのか、

過保護なのじゃないか、意外に教育ママなのね!、などと言う

まわりの声もあった。私もその通りだと思うし、できれば真夏の

日本庭園には行きたくはなかった。

しかし、初日、息子一人で行かせてみて、これは12や13歳の子ども

には酷ではないかと感じたのだ。

あまりにも暑くて、というより熱くて、一人で自分を励ますにも限度が

あるのではないかと。

二日目、三日目、と、暑いとへばっているのを励ましたり、途中で

庭園内のお茶室で抹茶を飲んだりしながら、無事に絵は完成した。

題は「見浜園の夕焼け」。

外国人の方がたくさんいらしていて、何人かから話しかけられたが、

英会話教室歴6年の息子は、ろくろく挨拶もできず戸惑うばかりで

あった。あー情けない。


こんな近くにこんなに感じの良い日本庭園があるなら、母を連れて

来てあげればよかった、得意の俳句でもひねったかもしれない。

「母に詫びたきこと幾つ」。

詫びたきことは日々増えていくばかりなのであった。

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2007年8月21日 (火)

通勤地獄

私には、持病がある。

「パニック障害」という病気なのだが、最近かなり市民権を

得て来ているようである。

ほとんど文字通りの病気で、発作になってしまうとかなり苦しい。

死んでしまうかも・・・・とか、発狂してしまうかも・・・・・とか、

ここで「わあーーーーーーー」とか叫び出してしまうかも・・とか

そんな感じのときと、ただひたすら呼吸困難なとき、めまいが

ひどいとき、頭痛、吐き気、なんだんわからないが胸が締め付

けられる・・・・

まあ、こんな感じです。

こんな人が、首都圏のラッシュアワーに満員電車で通勤してい

たら奇跡なわけで、奇跡は起こらずに時差出勤させてもらって

いる訳です。さらに自腹でグリーン車乗車。

通勤費用はバカになりません。

もう、ここ5年間ほど、ほとんど発作はなくなって、もしかして自然

に治っちゃってくれたかな・・なんて思っていたら甘かった。

もちろん、ちゃんと医者に通って治療もしていたのですが、発作

が出なくなれば自然と通院やめちゃうわけで。

今回、母の死の約1ヶ月後ぐらいから、激烈な病状で再発したの

でした。

狭いところ、混んでいるところ、自分の意思で外に出たくても出

にくそうなところ、全部ダメ。あせるとガクガク脚がふるえる。

胸が締め付けられる、うまくしゃべれなくなる・・・・

神様、お父様、お母様、哀れな娘を病魔から救ってください・・・・・

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2007年8月20日 (月)

手元供養の世界

母を亡くしてから、「手元供養」という考え方を初めて知った。

脳天を殴られたように、天啓に打たれるような、「これは」

と言う思いがした。これからネットや本で勉強するので、

詳しいことは、内容をよく理解して、考えてから、自分の

言葉で語りたいと思います。

参考になるリンクはっておきますね。

http://www.gendai-kuyo.com/

http://www.temoto-kuyo.org/

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カラオケ供養

カラオケであまりにも盛り上がりすぎ、ブログのことは、記憶の

はるかかなたへ。

念のため申し上げておきますと、私たちは、ひとりも一滴も

アルコールは摂取していません。

しかし、カラオケルームに向かう途中で、すでに「もう呑んでる

の?」と質問されたのは私です。アハハ。

お盆も終わりの週末、歌が大好きだった母のために、「カラオケ

供養だー!」と歌いまくりました。

我ながら、山口百恵の「秋桜」には泣きそうになり、息子は

「千の風になって」を2回歌っていました。

秋川バージョンと新井満バージョン両方。

母は生前、息子に、「千の風になっての詩はいいね、でも秋川

さんの歌はうまいけど・・・どこまで心がこもっているのかな?」

と話していたそうだ。

息子は大音痴だが、心だけは十分こもっていると、聞いている

他の3人には伝わってきた。

私的には、最高のカラオケによる「送り」になったと思っている。

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2007年8月17日 (金)

カラオケに行ってきます

友達母娘と私の息子と、四人で一緒にカラオケに行ってきます!

友達の娘さんは、中学2年生で、うちの息子は中学1年生、ふたり

は同じ保育園の3歳以上児クラスでクラスメイト?だった。

古典的な呼び方をすれば「幼馴染」みたいな感じ・・・・

でも、本当は、私にとって一番仲がいいというか、癒し効果が高い

のは、友達の娘さんなのであって、友達自身ではない・・・・

相手も同じような感覚をもっているらしい・・・・・

私は、母の通夜、告別式を通じて、この友人の娘さんに、受付を

やってもらった。正確には、うちの息子も付け加えたので、

中学1年生の男の子と中学2年生の女の子が、ふたりで葬儀の

受付をしていたことになる。葬儀屋さんは、「あまりこういうことって

ありませんねぇ」とちょっとあきれ顔だった。

でも、ふたりとも私立中学なので、結構かっちょいい制服というか

標準服を着て、きまじめな顔をして受付にたっているところは、

写真にとっておきたいくらい、さまになっていた。

誰しもが高校生だと思っていた模様。

さて、待ち合わせの場所は東船橋という、初めて降りる駅。

では、続きはカラオケルームに着いてから、実況で。

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2007年8月14日 (火)

名古屋へ、その先の津島へ

8月10日、突如、朝、6時過ぎにかかってきた電話一本。
そして私は名古屋へ、その先の津島まで、大急ぎで旅立った。

名古屋、津島に近々行くことは前から決めていた。突然の電話

は、天の巡り逢わせ、母の願いに感じられた。

名古屋は母の故郷であり、私自身が生まれた地でもある。

父のお墓は名古屋市内の平和公園内にある。今回はお墓参り

というか、お墓掃除をするのもあわただしい旅の目的のひとつで

ある。

それにしても、名古屋駅のホームはなんという暑さ。発熱する妖怪

に全身くるまれているような、その発熱たるや湿気も含んでいて

蒸し殺されそうな気分であった。

名古屋駅からさらに私鉄(名鉄)に乗り換え、津島まで。約30分。

電話をくださった主、私が一度お会いしてみたかった方のところ

へと向かう。

津島駅を降りて、煮え上がるような思いに耐えながら、駅のロー

タリーでタクシーを待ち、やっと来た名鉄タクシーに乗り込んだ。

やれやれ。

目的地は、津島神社内というか隣というか、にある、「牛頭山

宝寿院」、真言宗のお寺である。

お電話を下さったのは、この牛頭山宝寿院住職様なのであった。

母が、父の死後、一人でいかに苦しみを乗り越え、残された子供、

私と弟を慈しんで育てたか、二人の幸せを切に願っていたか、

しみじみと感じるお話を、住職様からお伺いすることができた。

住職様とのお話しについては、長くなるので、次回の続きとする。

しかし、昔、私のことを「猪突猛進」と評した人がいたが、早朝に

電話をもらって、そのまま突然飛び出して行ってしまった私を呆然

と見送りながら、結局、時間差で後を追って名古屋まで来てくれた、

夫と息子のやさしさには心から感謝、感謝である。

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2007年8月10日 (金)

寝過ごし、乗り越し、最終バス

皆様に質問です。
会社帰りの電車で眠り込んで、乗り越してしまった経験のある方、正直にお教えください。
私は一度や二度ではありません。乗り越して戻る際に、さらに戻り乗り越し?したことだってあります。帰りだけでなく行きでやったことだってあります。あの、あちゃーという気持ち、ホントに情けない。携帯のアラーム音ぐらいじゃ起きないことだってあるしさ・・・
そんなわけで、時間セットしとおくと振動する腕時計を買いました。効果のほどは、またいずれご報告を。

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2007年8月 9日 (木)

髪を切りました!

美容院で髪を切ってきました。いつもなじみの美容師さん。日本美人で、人懐っこくて、スラリと背が高くて、無茶苦茶記憶がいい。前回とか、もっとずっと前に来たときした話とかちゃんと覚えているから、前の続き、みたいに話ができる。気持ちが沈みがちなときにこそ会いたい人の一人。
ザッバリと髪を切ったので、頭は小さくなり、かなり気持ちも軽くなった。

さらに今日は、グッドニュースを聞かせてくれて、ホントにうれしかった。彼女はつきあっている彼と近々結婚予定だったのだが、2〜3日前に妊娠9週目にはいっていることがわかったという。おめでとう!よかったね。
産婦人科の超音波で見た赤ちゃんは、手を動かしていたそうだ。かわいい!!私自身の妊娠中のことを一挙に思い出した。
超音波で体内が見られるょうになって、医学的にすごく役立っているのだろうけれど、おなかの中にいる赤ちゃんの成長を目でみることができるのって、親になる者にとってすごくうれしい、幸せなことじゃないだろうか?私と夫が、息子のかわいさに初めてシビレたのは、全長2センチぐらいの、海の妖精クリオネみたいな息子が羊水の中で泳いでいる姿があまりにもかわいくって、もう絶句ものだったのだ。生命の神秘!超音波に感謝!!

全長2センチのクリオネのごとき生命体は、13年かけて164センチになった。アーチェリーに、空手に、水泳に、とトレーニングに励む日々を送っている。

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2007年8月 7日 (火)

お盆近し、悩み深し

お盆が近づいている。

そこでひとつ知りたいことがある。

新盆では、仏様になった故人の精霊が、初めて「我家に戻る」

という主旨の文章を読んだ。

ここでいう、「我家」とはどこのことを指すのだろうか?

母は、私の家の近所のマンションで一人暮らしをしていた。母

が住んでいた「マンション」が、母が初盆で戻る「我家」なのだ

ろうか?

今のところ、気にしつつも、無人の家に父と母の位牌をまつっ

た仏壇を置いてあるのだが、これも良くないのか・・・・・

私の家に仏壇を移した方が良いのだろうか・・・その場合、母の

戻る「我家」とは私の家?

埼玉県に住む弟も、自分の家に、仏壇等一式を運ぶことを考え

ているようだが、そうすると、母は生前は一度も行ったこともない

埼玉に「戻る」のか?

何もかもわからないことばかり。

刻々とお盆は近づく。悩みは深まる・・・・

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猫・ネコ・ねこで和もう

やまねみえこさん、という、ネコ作家(こういう表現が正しいかどうかわからないが)の方がいる。

私は、ネコが好きでたまらないというほどのネコ好きではないが、やまねさんのネコ作品をみると、ネコってかわいいなぁ、と和んでしまう。

私ひとりが和んでいるのも申し訳ないので、どんな感じか、ちょっとお見せしたいと思う。

やまねさん、キャットバルーンさん、事後承諾ですみません。

サイトを紹介させていただきます。

今日のところは、ネコによる和みがテーマということで。

http://www.catballoon.com/artist/yamaneko.htm

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息子の宿題

息子の夏休みの宿題は、かなり創作的な課題が多い。中でも、私がおもしろいなと思ったのは、「祖父母に戦争体験の話を聞き、それをレポートにまとめる」、というもの。

さて、息子の祖父母だが、まず、私の父は42歳で亡くなった。先日、母の四十九日法要と父の三十三回忌を一緒におこなったぐらい、父の死はある意味では大昔のことである。当日私は13歳、今の息子と同じ中学一年生であった。いつのまにか、すでに亡くなった時の父の年齢を超えてしまっている。父は、ゴリラ系?のがっちりした体型で、スポーツ万能、風邪もめったにひかないという頑丈なイメージだったが、1000人に1人もかからないとかいう血液系のがんで亡くなってしまった(らしい)。

私の母は、このブログの主題が「突然の母の死」なのだから、言うまでもない。

夫の母も数年前、65歳で亡くなっている。とても元気はつらつとした、パワー溢れる人だったのだが、ある日、本当に突然の難病で、あっという間に悪くなって亡くなってしまった。あの時は、あまりの展開に悪夢を見ている思いがした。

だから結局、息子には父方の祖父が一人残っているだけである。

その祖父であるが、私が嫁になって16年以上、合計でも会話時間10分以内、いや5分以内か、というぐらい無口な人である。文章化されたせりふはほとんどなし。左官をやりながら夜間の大学に通って一級建築士になったのだが、あまりにも無口なので商売にならず、建築の仕事から手を引いてしまったという変わり者?でもある。

レポートにできるだけの情報を祖父から入手するのは、困難を極めることが予想される。

このような祖父母体制の中で、息子は、どうやって宿題をこなすのだろうか?

親の心配にも関わらず、息子本人はまったく困っている様子がなかった。

息子の課題文の仮題名を知って、納得した。

「名古屋大空襲についてー祖母の戦争体験より(亡き祖母に捧げる)」

息子は、毎日のように私の母と二人で留守番しているとき、母からたくさんの話を聞きながら両親の帰りを待っていた。母の習い事の話、私が子どものときの話、母自身が子どものときの話、等々・・・・・。その中には「空襲」の話もたくさん含まれていたという。

母の戦争体験は、かなり過酷なものである。多くの遺体が浮いて血の海となった川、炎に包まれた自宅、爆撃で崩落した学校の防空壕、目の前で圧死した40人もの同級生、頭を吹き飛ばされた人・・・・・・

息子は、そのほとんど、というよりは、むしろ私よりも多くのことを母から聞いているようだった。

彼のレポートからは、

「いかなる戦争にも反対である」

という母からのメッセージが、母の語る口調そのままに聞こえてくるかのようだった。

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2007年8月 5日 (日)

子猫を抱きしめていた息子つづき

息子が拾ってきた子猫の話しのつづき。

本当は、つらいのであまり書きたくないが、これを書かないと里親募集の大切さを認識した理由につながっていかないので・・・

息子にはアレルギーがある。保育園に行っていたころは、犬や猫と遊んだ日は必ず喘息発作を起こしていた。最近は大きな発作は起きていないが・・・・

子猫は息子に甘えてノドを鳴らしていて、息子は無心に子猫をなぜたり、抱きしめたりしていた。
とても引き離せない・・・でも、うちで飼うことも難しい。

単にマンションがペット飼育禁止だからではない。連日室内で子猫と遊んで、すでに息子の顔には蕁麻疹がでて赤く腫れていた。喘息発作を起こす可能性が高い。かなり急激に悪くなっていると考えざるをえない。ショックを起こすことだってないとはいえない。私の親族の一人は、成人してから喘息発作で死亡している。

子猫はかわいそうでも、これ以上長期にわたって接するのは、息子にとってリスクが高すぎた。「離すしかない」、それ以外の結論が私には出せなかった。

子猫の里親を探す手段はまったく思いつかなかった。というか、どうしたらよいのかわからなくて混乱していた。
後日、里親募集のサイトがいくつかあることを知ったとき、里親が見つかるまでの一時預かりのボランティアの方もいらっしゃるということを知ったとき、深く悔いた。息子と子猫に、心の中で詫びるしかなかった。

初めて見たとき、子猫は痩せて皮膚や毛が傷んでいて、いわゆる可愛い猫ではなかった。約1週間ほど、息子が食べ放題猫カンを食べさせたためか、ずいぶんふくふくして、傷んだ皮膚や毛もキレイになり、かなり可愛い子猫になっていた。誰か猫好きな人に拾われて、可愛がられていればよいのだが、と祈るような気持ちでいる。

母の突然の死に遭わなければ、私も息子も、生き物の生き死にに敏感にはなれなかったかもしれない。

悲しみ、哀しみ、を感じることは、つらいことではある。でも、感じることができないままでいるより、今の方が幸せであると思っている。

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2007年8月 2日 (木)

「海」という名の焼酎

昨夜は、銀座で何種類もの焼酎を呑み、明るい酔っ払いとなって千葉まで帰り、不眠症もどこかに飛んでいってしまった。たしかに、眠りの質とやらは悪かったのかもしれない。2時間ぐらいで目が覚めてしまった。でも、結局、朝まで眠ったことには違いない。母がなくなってからは初めてのこと。
昨夜の焼酎の中で、ひときわさわやか、真夏の焼酎ロックがこれほどおいしいものだとは・・と絶賛したいのは、その名も、「海」、とさわやかなのであった。

鹿児島産 芋焼酎。http://www.taikai.or.jp/

ぜひ一度お試しあれ。

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2007年8月 1日 (水)

酔っ払いの繰り言

母が亡くなってから、初めてまともにお酒に酔った。と言っても、ビールに焼酎ロック数杯、詳細の記憶無し。私にとってたいした酒量ではないはずだが・・
しばらく呑んでいなかったからか?飲酒は睡眠の質を悪くすると医者が言っていた。そうだとすれば、今夜は最悪の眠りになるはず。乞うご期待・・?!またご報告しますので、今夜はこれにて。

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